メニュー

閉じる

第9回 協同労働で目指す持続可能な働き方

大高 研道 氏
<大高 研道 氏>


大高 研道 氏

「協同労働」は働き方の選択肢の一つであるが、サービスの利用者と住民の連携による地域づくりにもつながる。これまで多くの現場に足を運び、様々な実践の場を見てきた協同労働研究の第一人者である明治大学教授の大高研道氏に、これからの協同労働の期待と展望について研究者視点からお話をうかがいました。

現代社会おける人と人とのつながりの変化や課題

 商品市場の発展によって私たちの暮らしはとても便利になりました。確かに物質的な豊かさは私たちに多くのものをもたらしてくれましたが、必ずしも豊かな人間関係の形成に寄与したわけではありません。生活のあらゆる面で、商品やサービスを介して他者とつながることになり、助け合いの関係も金銭でのやり取りに代わる「助け合いの商品化」ともいえる状況がつくられていきました。その結果、コミュニティは分断され、人間関係も切り離され、他者への無関心も進んでいます。孤立し、不安や悩み、そして困難を一人で抱え込む人々の存在は世代を超えた社会的課題になっています。こうした背景には、過度に個別化した暮らしの中で生きづらさを感じ限界状況に直面している人々の暮らしの現実があると思います。

地域社会の中で「協同労働」が担う役割

 協同労働は実践の中から生まれた言葉です。労働が賃金を得るための手段ではなく、サービスの利用者や事業が行われている地域との連携も含めた活動であるということです。労働者だけでは地域のニーズを捉え、社会に求められるよい仕事を実現することは不可能だということでもあります。つまり労働者同士がお互いの意見を出し合って反映する働き方を行い、その輪を利用者や地域住民へと広げることで、コミュニティの支え合いに基づく「協同のあるまちづくり」に取り組む実践が協同労働です。そのため雇用創出という側面に加え、「地域や社会のために仕事おこしをしたい」という思いを持っている人々が自ら起業するなど、新たな働き方の選択肢として期待は大きいと思います。

「協同労働」との出会い

若者自立支援を協同労働で担う
<若者自立支援を協同労働で担う>
 出身の山形県鶴岡市は日本海側の地方都市で、産業の空洞化が進んでいました。大学時代、帰省するたびに田んぼが歯抜け状態になっていく地域の現実を目の当たりにし、地域づくりや人間らしい暮らしや働き方を学ぼうと考えるようになりました。学生時代には、事業で得た利益を地域づくりや今日でいうSDGsのような取り組みに還元する協同組合の活動や、紛争で疲弊し地域経済が壊滅的な状況にあるイギリス北アイルランド地域づくりに取り組む協同組合や社会的企業の研究を行いました。日本にも同じような実践が全国各地で展開していることを知り、千葉県芝山で若者自立支援に関わり、支援者と利用者、地域への聞き取りなどを行いながら現場を調査しました。地域のニーズに応え、協同の力でさまざまな地域課題解決にむけて奮闘する姿からは多くの刺激と勇気をもらっています。

新しい働き方「協同労働」の魅力

登米地域福祉事業所・林業の活動の様子
<登米地域福祉事業所・林業の活動の様子>
 労働者協同組合法では、派遣業以外は何でも事業化が可能です。ニーズや思いを形にしたいと行動することができればいつでもどこでも法人を設立することは可能です。そういった情熱を持って行動を起こした取組として、①宮城県登米市の「登米地域福祉事業所」と②埼玉県所沢市にある「森のとうふ工房」をご紹介します。
 ①宮城県登米市「登米地域福祉事業所」
 登米市は、東日本大震災の被災地であるとともに、それ以前から過疎問題に直面してきた地域でもあります。そのような状況で「あきらめ」意識をもっていた地域住民が協同労働と出会うことで、一方的に支援されるだけではなく「自分たちにもできることがある」という気持ちが芽生えました。地域で問題となっていた人口減少問題の解決を目指し、皆が意見を出して参加することで、生きがいややりがいを取り戻す契機にもなっています。震災直後の2011年9月に職業訓練を市から受託し、失業者・被災者である受講生とともに地域復興と仕事おこしに取り組んできました。現在では林業をはじめ、高齢者、障がい者福祉の事業を展開し、農林福共生型事業を行っています。
森のとうふ工房・お菓子製造の様子
<森のとうふ工房・お菓子製造の様子>
 ②埼玉県所沢市「森のとうふ工房」
 きっかけは後継者のいなかったお豆腐屋さんです。その時期は社会的にも派遣村や働きたくても働けない若者など問題が大きく取り上げられていました。この社会課題の解決と継業の問題解決のため、協同労働を導入することで、様々な理由で働くことに困難を抱えている人たちとともに立ち上げた現場です。経営は決して順調ではありませんでしたが、「障がいの有無に関係なく、誰もが安心して働き、暮らしていける地域づくり」を理念に掲げ、菓子製造や豆腐製造に使用する大豆づくりといった農業にも事業を拡げています。
 これらの取り組みに共通しているのは、地域の課題やニーズから生まれた人々の思いを結集し、多様な人々や組織が支え合うケアとコミュニティの再生に取り組んでいることです。

これまでの働き方の課題

協同労働の実践を紹介する大高氏
<協同労働の実践を紹介する大高氏>
 私たちの暮らしは個人の営みだけでは決して成り立ちません。他者とのつながりの形が見えにくくなっているのが現代社会の特徴です。これまでは課題解決のために人々が力をあわせ、助けあう「協同」が一般的でした。つまり「協同」は目的達成の手段でしたが、これだけ孤立した社会では、協同=つながること自体が目的になるのではないでしょうか。つながることで日々の悩みや地域の課題を発見・共有し、ともに行動することが可能になります。
 一方で、「協同」は必ずしも皆の価値観が同じであることを意味するものではありません。多様な「他者」と交じり合う協同労働は、違いが薄まるのではなく、むしろ共に行動するがゆえに対立や違いが浮き彫りにもなります。だからこそ、対話の質が問われることになります。単なる業務の話し合いだけでなく、「そもそも何のためにこの仕事を行っているのか?」といった事業の前提の話し合いなど、一人ひとりの「こうしたい、こうありたい」という思いも気軽に話し合える関係づくりが大切です。それは協同労働の永遠のテーマとも言えるかもしれません。また、経営基盤の安定も切実な課題です。協同労働が担っている仕事はエッセンシャルワークの領域が多いのですが、必ずしも「儲かる」仕事ではありません。しかし、その多くは私たちの生存に必要不可欠な仕事です。それらが正当に評価されるようにすることは引き続き重要な課題だと思います。

「協同」でのこれからの働き方について

ゼミ生との協同労働現場視察
<ゼミ生との協同労働現場視察>
 就職活動の時期のゼミ生と働くことについてよく話すのですが、多くの学生は働くことに不安を感じています。その中でも給料や社会的ステータスだけでなく「仕事のやりがい」を重視する学生が多いです。ただし、どちらかというと働くことに対する負のイメージが強いように感じています。企業内での働く環境の改善は大前提としてありますが、それだけでは「やりがい」はなかなか感じられないのが実情ではないでしょうか。「労働」の中には、同僚だけでなく利用者やクライアント企業、場合によっては地域との関係も含まれるわけです。一般的にサービス提供者とお客様、支援者と被支援者といった固定化された関係になりがちです。協同労働がめざしているのは、一方的にサービスを提供するのではなく、自分と他者の関係に加え、地域との関係を構築し、互いを認め合う働き方の実現です。それはどのような組織で働いている人々であっても望んでいることではないでしょうか。誰もが働く意義を感じられ、人間らしい働き方ができる。そのようなことが当たり前に求められる社会の実現こそが協同労働の究極的な目標といえます。全国各地で芽吹いている協同労働の実践のさらなる広がりと発展に期待しています。
ページの先頭へ戻る