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第17回 労働者協同組合を活かして複数のキャリアを形成する新しい働き方(神奈川県大和市)
(2025年1月掲載)

主に東京都と神奈川県を対象エリアに、造園や緑化事業を手がける労働者協同組合キフクト。「庭にいろいろな生き物が暮らせるようにするには、多様な環境をつくるための起伏が必要だよね」メンバーとのそんな会話から、法人名を「キフクト」と名付けたそうです。「多様であることが求められているのは私たちの社会も同じ」と話す代表のSさん。その言葉通り、キフクトにはキャリアの異なる仲間が集まっています。労働者協同組合を活かした新しい働き方について、メンバーの皆さんに伺いました。

「生きづらさ」や「働きづらさ」のない働き方

代表のSさん
<代表のSさん>
キフクトの設立は2023年4月。主な事業内容は、個人宅の造園工事、庭のリフォーム、庭木の剪定などで、現在は6名が組合員として一緒に働いています。有機物を利用した土壌改良やプラスチック製品を使わない防草対策にも取り組み、環境に配慮した循環型の庭づくりを行っているのが特徴です。
キフクトがとてもユニークな点はもう一つあります。それは、多様なキャリアをもつメンバーが自由な働き方で参画していることです。個人で事業を営んでいたり、フルタイムの仕事に就いたりしながら、兼業・副業という形で関わっているメンバーが多くいます。
代表のSさん自身、15年前から屋号をもち、庭づくりの仕事をしてきた個人事業主でもあります。キフクトには兼業という形で関わっており、仕事の割合は「今はキフクトの仕事が6~7割くらい」と話します。
「これまでに私は、会社勤務もフリーランスでの働き方も経験してきました。フリーランスや個人事業主は自由に仕事ができますが、ケガや病気をしたときに心配があるし、収入も不安定。組織に属して働けば規模の大きな仕事にも関わることができますが、一社員が経営方針にまで関わるのは難しく、やりたくないこともしなくてはなりません」とSさん。
「こうした『働きづらさ』を解消し、だれかに命令されることもすることもなく、自由に楽しくかつ安定して働くことができないか」そう考えたときにSさんが注目したのが、組合員が対等な関係で話し合いながら仕事をつくり出す労働者協同組合でした。
「『自己責任』が強調される社会のなかで、労働者協同組合という働く場を通じて『共同体』というセーフティネットを再構築するのは、いいアイデアだと感じました」とSさんは設立当時をふりかえります。

個人事業だけでは相談相手もいなく、孤独だった

スタッフ会議の様子
<スタッフ会議の様子>
設立メンバーであるXさんも、副業・兼業でキフクトに参加する一人です。Xさんは5年間の造園会社勤務を経て、2008年に庭の設計・施工などを行う個人事業主として独立。キフクトで働く日数は月5日ほどですが、毎月の定例ミーティングに参加し、メンバーとはSNSを通じて日常的に情報交換をしています。
「個人事業のほうでは、苦手な事務作業も含めてすべて自分一人でやらないといけません。仕事自体は楽しいのですが、悩んだときにいつでも気軽に相談できる相手が身近にいなくて、孤独を感じることもありました。その点、キフクトではそれぞれの得意分野を生かして、苦手なところは補い合いながら働けます。私にとってメンバーは『協力し合える仲間』のような存在です」とXさん。
キフクトで仲間と働く時間は大切なリフレッシュにもなっているのだとXさんは話します。それだけではなく、キフクトでの活動から学んだ新しい知識や技術を個人事業の設計にも活かしたり、設計した庭の工事をキフクトの仲間に依頼してみんなで経験を積んだりするなど、相乗効果で両方の仕事に良い影響が生まれているそうです。

未経験の造園に関わることで本業の幅が広がった

レンガ積みの様子
<レンガ積みの様子>
鍛冶の技術を用いて、表札やインテリア用品などアイアン(鉄)製品の制作・加工を行う職人のYさんも、キフクトのメンバーです。造園の仕事はまったくの未経験だったそうですが、仕事の関係で知り合ったSさんに誘われて、設立後間もない時期から参加してきました。
普段は一人で誰と話すこともなく働いているというYさんは、「Xさんと似ていますが、キフクトで誰かと話したり、一緒に作業をしたりするのが楽しい。それがいい気分転換になっています」といいます。
Yさんは最初、造園自体にはあまり関心はなかったそうですが、キフクトで手掛けた庭の水栓や鳥のえさ台などをアイアンで制作してほしいと依頼されるなど、関わっていくうちに自身の製品と庭との「相性のよさ」にも気づいたそうです。
「一人でやっているときには気づかなかった視点が得られて、自分がつくるアイアン製品の幅が広がりました」とYさんは語ります。

複数のキャリアを同時形成することのメリット

「Xさん、Yさんのように、労働者協同組合に参画しながら複数のキャリアを同時に形成していく働き方は、リスク分散になるだけでなく、それぞれのメンバーのコミュニティをつないでネットワークを広げることにもなり、労働者協同組合にとってもプラスになるはず」と代表のSさんは考えています。
キフクト設立に向けた準備会でメンバーと話し合ったのは、「働く場所を愉快なものにしよう!」ということ。一人ひとり得意なことも、関わることができる頻度も違いますが、みんなで話し合いながら、お互いを尊重して「できる範囲で取り組む」ことを大切にしてきました。しかし、常に順風満帆だったわけではありません。運営の方向性があわずに一人のメンバーが脱退してしまうという経験もしてきたそうです。
「ここでは誰からも強制されないぶん、お互いの状況を探りながら自主的に判断しなくてはいけないことも多い。そこは難しい部分でもあるかもしれません。でも、私自身はいま2つ仕事のバランスがとれていて楽しく働いています」とXさん。

一人ひとり違う、多様な存在であることを認め合う

剪定の様子
<剪定の様子>
キフクトに参画しているのは、「2足のわらじ」で働く人ばかりではありません。ハウスメーカーを定年退職後に関わり始めたIさんのようなメンバーもいます。Iさんは高齢のご両親の通院などを手伝いながら、月数回ほどのペースで作業に加わっています。
また、組合員ではありませんが、造園会社に勤めたものの職場環境があわず、「つらくなって退職した」という若者もアルバイトで週2日ほど働いています。こうした若者にとっても安心して働ける場になることを、キフクトでは目指しています。
「私たちが多様な人材を集めたわけではなく、そもそも人間は一人ひとり違う多様な存在です。そのことを認め合うところから始めればいいと思うのです。労働者協同組合の根っこには、一人では生きられない人たちが集まって、なんとか一緒に生き延びていこうという発想もあるような気がします」とSさんはいいます。

利益最優先ではないネットワークを編み、仕事をつくる

植栽の様子
<植栽の様子>
設立から1年半以上が経過し、少しずつキフクトへの仕事の依頼も増えてきました。将来的には、希望する人が専従で働ける環境も整えていきたいと考えているそうです。描いているのは、労働者協同組合が若い人たちにとって企業に勤める以外の働き先の選択肢になる未来です。
「必ずしも仕事を一つに絞る必要はないと思っていますが、若い人の選択肢になるためには、安定した収入を得られることは大前提です。そこで今後必要になってくるのは、専業にできるくらいの仕事を新たに作り出していくことです。これまでの私たちへの仕事の依頼は、ほとんどが人からの紹介でした。既存の市場で戦うのではなく、相互扶助の理念に基づいて、『利益最優先』ではない考えを持つ人たちとの自前のネットワークを編み、その関係性の中で仕事をつくっていくのが労働者協同組合らしいやり方ではないでしょうか」とSさん。
「キフクトの取り組みは、民主的な運営をしながら事業性と社会性が両立できるということを社会に示していく挑戦でもある」とSさんはいいます。続けて、「労働者協同組合は、より豊かに働き生きるためのツールのひとつ。つながりの中から仕事をつくり出すと同時に、お互いに支え合うセーフティネット(共同体)の再生を進めていきたいと思っています」と今後の展望について、Sさんは語ってくれました。
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