第13回 学童保育運営に協同労働を取り入れて、地域住民の熱意を仕事に(滋賀県甲賀市)
(2024年10月掲載)

滋賀県甲賀市にある学童保育所が、保護者による運営から甲賀市直営を経て、労働者協同組合の運営に至った事例を紹介します。
運営元が保護者主体から市へ、そして労働者協同組合へと移管されてきた学童保育所。その背景には、「地域の子どもは地域で育てたい」という支援員の思いを実現するために奔走した市役所職員の存在がありました。
子どもと保護者のニーズを満たし、そして働く支援員たちの声が反映される学童保育所の運営とは。
元市役所職員のYさんと、当時、支援員としてYさんとともに学童保育所の立ち上げに関わったUさん(現、労働者協同組合労協センター事業団〔以下、センター事業団〕滋賀副エリアマネージャー)にお話を伺いました。
運営の課題〜ニーズがあるだけでは難しい学童保育所〜

甲賀市役所社会福祉課(現、子育て政策課)で働いていたYさんは、学童保育の問題に直面し、解決のために日々奔走していました。「あの頃は地域のために市民活動をどのように推進していけばいいかを常に考えていた」と当時を振り返ります。
2009年、甲賀市には17か所の学童保育所があり、9か所は保護者会による任意団体によって運営され、8か所はNPO法人によって運営されていました。任意団体の場合、問題が生じた際には代表者の責任となってしまうため、大事な子どもの命を預かる現場を管理する責任の重さからくる不安により持続可能ではない状況が続いていました。

一方で、Uさんは保護者会による任意団体が運営する学童保育所で支援員として働いていました。Uさんは、「働いている保護者が保育料の引落しや支援員の給与計算などの事務経理を行い運営するのは大変な負担だった」と語ります。その当時、学童保育所の需要は高く、増設しようにも運営を担える団体が不足している状況でした。そのため、2年間は甲賀市の直営へと変更し、その間に運営を担える団体を探すことになりました。
Yさんは運営に手を挙げてくれた某企業の方と、Uさんが支援員として働いていた学童保育所を見学に訪れました。Uさんはその企業が学童保育所の運営について未経験だと知り、他者に運営を任せることに対して不安になったと言います。それがきっかけとなり、「自分たちの考えを反映させて学童保育所を運営していくためには、自分たちで団体を作るしかない」と考えるようになりました。学童保育の運営に携わっていたYさんも「地域の子どもは、地域で育てたい」という支援員たちの思いに触れ、働きやすい環境をつくる方法を模索し始めました。
労働者協同組合という選択と「出資」の壁
Yさんは地域の人たちの意見が運営に反映される法人について調べた結果、労働者が自ら出資をして働き経営も担う協同労働の考えをベースに運営されている団体(センター事業団)にたどり着きました。Yさんは「協同労働による運営であれば、Uさんたちが望む学童保育を運営することができるのではないか」と考え、Uさんにセンター事業団が運営する学童保育所の見学を提案しました。
Uさんが実際に見学してみると、働き方も給料も運営方法も自分たちで決めるという協同労働の考え方に深く共感し、Yさんも見学して改めて「協同労働なら支援員の人たちが情熱を持ちながら働けるのではないか」と実感したそうです。
そこで、Yさんからセンター事業団に学童保育所の運営を担ってもらえるよう相談し、Uさんが出資して参画する形で甲賀市にセンター事業団の一事業所を開設することになりました。立上げ当初はセンター事業団の滋賀支部の方が所長になり運営を支援しましたが、後にUさんが所長を引き継ぎます。
ただ、そこに至るまでには「協同労働って何?」という質問を受けたり、「法人を探しているのに働き方の話をするのはなぜ?」「地域の方々が法人を運営できるようになるには時間がかかるのではないか」という意見があったり、市役所や議会での説明にとても苦労したとYさんは語ります。

当時、センター事業団の法人格は企業組合であり、甲賀市で子育ての事業を担う団体としては前例がない上に、協同出資という特性上、特殊な法人格でした。そのため、センター事業団が事業を担うことに、Yさんの上司や市議会議員の多くが不安を訴えていました。Yさんは、議会で何時間も説明し、ほぼ徹夜で答弁書を作成しなければならないほどに多くの質問を受けました。しかし、「地域の課題に対して、地域の人が仕事をつくり解決していく」という協同労働の理念には、誰からも反論は上がりませんでした。
一方、Uさんは現場の支援員たちから協同労働の働き方について理解を得ることに奮闘したといいます。協同労働の「出資」について抵抗感を示す支援員が多く、「働いて給料をもらいたいのに、なぜ自ら出資をしなければならないのか」という声が上がったそうです。丁寧に説明しても受け入れてもらえず、半数以上の支援員は辞めてしまいましたが、子どもたちと関わりたいという気持ちが後押しして出資してくれた支援員たちもいました。
いくつもの困難を乗り越えて起こった変化

その後、センター事業団では地域のニーズに応えるために学童保育所を増設し、新たに放課後等デイサービスの事業も立上げ、その度に組合員に増資をお願いしてきました。「一人一人の増資額は少なくても、何人も集まれば大きな金額になり、それで新規事業を立ち上げ運営することができる。銀行から融資を受けずに事業を立ち上げ運営できるのは、協同労働の強みだと思います」と出資についての大切さについて語ってくれたUさん。支援員たちも、次第に出資が大切な意味を持つことについて理解を深めていくことができたそうです。
そんな支援員たちの意識の変化にYさんは気づいていたと言います。「『障がいのある子どもをもつ親御さんが、学童保育所には子どもを預けられないから放課後等デイサービスやろう』と、行政から依頼される前に自ら立上げることになった。地域課題を解決するために仕事をつくろうという機運が生まれた」と、協同労働を導入したことによって、地域の課題やニーズをくみ取り解決へ向けて自ら行動するようになった変化についてYさんは語ってくれました。
現場の声と思いを反映した学童保育〜労働者協同組合の特徴を生かした運営方法〜
協同労働では支援員自らが運営について決められる一方、全員の意見を運営に反映させる必要があります。センター事業団では、何かを決める際には、短時間勤務やフルタイム勤務などの勤務形態に関わらず、会議などを通して全員の意見を聞くことを大切にしています。それは、「必ずみんなが参加して、より良い方向へ進めるため」とUさんは語ります。そして、今はその方法がしっかりと根付いているそうです。

実際、一般企業で働いた経験がある組合員の中には、「ここは自分の意見を聞いてくれる職場だ」との声も多く聞かれます。意見反映は協同労働の良い点でありながら、話し合いに時間がかかるという側面もありますが、協同労働では大切な要素の一つ。経験や年齢に関わらず働く人すべての意見を聞き、共に考えていくことを大切にしています。
Uさんと同じ学童保育所で働くKさんは、以前は全く違う分野で働いていましたが、現在は経理を担当しています。Kさんは、「ここでは全てのスタッフに、予算や決算などの重要な事柄や、給料の仕組みが一般企業とは違うことについて、理解してもらう必要がある。そのような労働者にとって大事なことについて理解を促そうとする協同労働の考え方に魅力を感じている一方で、それらを自分事として考えてもらえるようになるにはなかなか難しく時間もかかります」とKさんは話してくれました。
協同労働の働き方に支えられた経験があるのは、若い人たちだけではありません。学童保育所での勤務経験が長いUさんも同様でした。過去に大きな失敗をしてしまった時、失敗した当人を責めるのではなく、原因究明と再発防止、そして保護者や自治体の信頼回復のためにはどうすればよいかを共に考える文化に救われたといいます。
その背景にあるのは、「協同労働の子育ち5つの指針※1」でした。そこには、「『共に生き、共に育ち合う社会』を合言葉に、すべての子どもの命や人権が大切にされる協同の社会づくりをめざしています」と記されていました。「『私は一人ではない」という安心感があるだけでなく、他の支援員が同じ状況になった時に、今度は支える側に立たなければと思った」とUさんは語ります。
保育所から始まった活動が地域のつながりづくりへと発展
甲賀市では、地域共生社会の実現に向けた取り組みが進められています。地域共生社会推進課が中心となり、地域福祉計画や市民参加型のタウンミーティングなどを通じて、住民同士のつながりを深める活動が行われています。例えば第2次甲賀市地域福祉計画では、「人々がつながり、暮らしの中で感じる幸せを未来へつなぐまち」を基本理念として掲げ、地域共生社会の実現を目指しています。
甲賀市内では複数の団体が活動していますが、センター事業団甲賀地域福祉事業所も地域共生社会を目指す団体の一つです。実際、甲賀地域福祉事業所では、一人一人の市民がつながり合い安心して暮らせる社会を市民による連帯の力で作り出すことを目指して「社会連帯活動」を行っており、その一環として、2016年から毎年「甲賀WAIWAIフェスティバル」を開催しています。最初は試行錯誤しましたが、回を重ねるごとに市役所の協力もあり、協力団体や企業が増え、来場者も増えていきました。
他にも、「杜のカフェ」「てんてんしがらきで話そう会」「ポールdeウォーク」など様々な取り組みを展開しており、イベントや居場所作りを通して地域のつながりづくりを精力的に行っています。今後も地域のニーズに耳を傾けながら、必要なサービスは自分たちでつくり、困っている時には「助けて」と言える地域を目指して活動していくとのことです。
※1 「協同労働の子育ち5つの指針」とは
指針の背景には、子どもの貧困率や急速な核家族化や地域のつながりの希薄化、社会的孤立の広がりによる孤独や心の病といった社会問題があります。趣旨は全国の実践やこれまでの協同労働運動の到達点をまとめたものです。
協同労働を40年にわたり実践してきた中で、意見反映を大切にする組織づくりから発展して、子どもの意見も聞くことで「子どもをどう育てるか」という視点から、「子どもがどう育ちたいか」という視点を踏まえた指針となっています。
「子どもは自ら育つ力を持っている。『子育て』するのではなく、『子が育つこと』を応援するのが大人の役割」と考え、子育てではなく「子育ち」と表現しています。子どもや保護者の願いや SOS に向き合い、地域ネットワークを広げながら子ども達が安心して暮らせる地域社会を目指しています。(※センター事業団のHP等を参考に筆者で作成)